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Enough is enough! セクハラ問題 

「あの発言は今の時代ではアウトなんだな」

じゃねえよ!…と『スカッとジャパン』の「言ってやった」みたいに
突っ込みたくなった。

どの時代であっても、今回の財務次官の録音テープの会話は
女性をクソのように扱っていてセクハラそのものであり、
時代がどうの、という問題ではない。

人間は進化の過程にあり、昔は野蛮だった。
殺し合うこともしてきたし、男女差別が普通に行われる時代があった。
でもそれは「その時代だから許された」のではなく、
時代に関係なく良くないことなのに、人類がまだ十分な進化を遂げておらず、
残念なことに男女差別という理不尽がまかり通っていただけなのだ。
女性を力でねじ伏せて従わせる男性社会があったが、
女性のほうは不当な扱いを常に心の中では許してこなかったはずだ。
男女に関係なく、誰でも虐げられるのは苦痛だからだ。

今回の次官の発言を聞いたら、ひどいすり替え論法で、強い違和感を感じた。
分かりやすいように極端な例を挙げよう。
(全く同じレベルだと言っているわけではない)

たとえば昨日、アメリカ人が日本人を殺す事件があったとする。
そのアメリカ人が「60年前なら日本人を殺しても犯罪じゃなかったけど(戦争で)、
今殺したらアウトなんだな」と言ったら、どうか?
このアメリカ人の言い訳に納得できるだろうか?

「なんてお粗末な言い訳だ、今も昔も殺人は罪深い」と誰もが感じるはずだ。
次官の言い分はこの言い訳と同じぐらいお粗末だ。

しかも、次官をかばう男性がいることが情けない。
たまにテレビの男性コメンテーターから、女性を非常に平等に扱っていると
感じられる、慮のある発言が出てくると驚いて感動してしまうぐらいだ。
あまりにも、そういう意見を聞くことが少なすぎる社会なのだ。

次官をかばう男性陣はおそらく以下のいずれか、あるいは全部が当てはまる。
1)自分自身がセクハラをした過去があって、身に覚えがあるからかばいたい。
2)もともと女性を蔑視しており、それのどこが悪いのか分からない。
3)セクハラだと主張した女性の側に問題を見出そうとする(服装など)。
4)被害者の女性に「被害者ヅラするな」という意識を持っている。

さらに、女性の意識が低いまま(未開)なのも、非常に気になる。
「女性なら誰でもこのぐらいは我慢しているから、
騒ぎ立ててはいけない」と黙っていたり、
セクハラにあってる女性をかばうことをためらったり、
ヘタするとセクハラと言い出した女性をたしなめる女性までいる。
「もう、いい加減にしてはどうか」と憤りを感じる。

私は身内(女性)から4)のような無神経なことを言われた被害者の女性を知っている。
つまり「被害者」と言っただけで過敏に反応して「あんたにも悪いところがあるのでは」と
あたかも公平を期するかのように言ってくる人間が周りにいることが、非常に問題だ。

「100%の被害者はいない」と言い始めたら、問題の本質を曇らせて、解決が見えなくなる。
「明らかに」という状況があることに目をつぶり、「輪を乱すな」と言わんばかりだ。

それが私が見てきた日本の社会。
次官のクソみたいな言い分や、この期に及んで認めない態度にも頭にくるが、
被害にあった女性の周りにいる人間にも、性別は関係なく頭にくる。
なぜ適切に助けられなかったのか。

今回のテレビ朝日の女性記者は、新潮に話した。
金銭は受け取っていないという。
そこに至るまでの葛藤を、みんなもっと深く考えて反省したらどうか?

「私は関係ない」と思っている人。
あなたも助けていない1人かもしれないのだ。

最後に。
女性は名乗り出ないと踏んで「被害者は名乗り出てくれ」という財務省。
大バカ者である。
他の省庁の官僚も、政治家も、対岸の火事と思わず襟を正すべし。

女性は名乗り出た。これが私はとてもうれしい。
名乗り出た方が彼女のためであり、全ての女性のためである。
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[ 2018/04/19 14:08 ] Chiharuの興味 | トラックバック(-) | CM(0)

氷艶2017 破沙羅 

今日は何年ぶりなのか、代々木国立第一体育館へ行き、
歌舞伎とスケートのショー「氷艶2017 破沙羅」を観てきました。

一番の目的はリンク上のフィギュアスケーターを生で見ることでした。
伊藤みどりの頃からフィギュアをTVで観てきて、
一度もリンクで見たことがなく、いずれ一度は…と思っていました。
高橋大輔が競技者だったころの演技が大好きでした。
でも一度も観に行くことはなかった。

今回は、歌舞伎とスケートの融合という新たな試みで
出場するフィギュアスケーターも
高橋大輔、鈴木明子、村上佳菜子、織田信成など
私がずっと見てみたかった人達だったので行くしかない!と。

ですが衣装も歌舞伎とフィギュアの融合なので、
重たい衣装ではスケーターは競技のように
ジャンプどんどんやるということはできない。
今回はそういう技を見せるというよりは
歌舞伎役者だけではなくフィギュアスケーター、
和太鼓のDRUM TAOやプロジェクションマッピングのteam Labなど
最高の能力を集めて歌舞伎の新しい面白さを
氷上で表現したといったタイプのものでした。

技はともかく、私に一番の目的は達成され、
衣装の美しさとあでやかさも相まって
高橋大輔や村上佳菜子が出てきた時は感動で泣きそうでした。
村上佳菜子ちゃんはとってもかわいかった。

ですがやはり歌舞伎の世界。
染五郎さん率いる悪の軍団の方が衣装が派手で大きいので
高橋大輔率いる善のチームと向かい合った時に
善の方が微妙に負けていた気が・・・(笑)
話はもちろん善が勝ちます。

今回は作った方々が「絶対にお客さんに楽しんでもらおう」と
情熱を傾けたのが伝わってくるショーでした。

宙を舞い、隠しワザがあったり(それはここでは書けませんが)
お客さんを笑わせたり驚かせたり、そんな今回のショーを観ていて
昔一度だけ友達と歌舞伎を観に行った時のことを思い出しました。

個人的には岩長姫を演じた笑也さんのファンになりました。
いつの間にか高橋大輔より笑也さんの登場が待ち遠しくなってました。
素晴らしい演技力というか魅力でした。

でもね、高橋大輔も相当歌舞伎の踊りを練習したのでしょうね。
それはそれは見事な動きで宴会の席で踊って見せました。
本当にさすがだなぁ…。

DRUM TAOも最高の太鼓を聞かせてくれて
迫力とカッコよさに感動。衣装もステキでした。

忍者はスケートと合うな、と思いました。
あのスピードで動く感じ、映画の中の忍者並みで
カッコよかったです。

いろいろ新しいものを見せてもらったショーですごく満足でした。

ただ、アリーナ席の段差をもう少し付けて欲しい。
前の人の頭がやっぱり邪魔。
そして椅子が安っぽ過ぎてお尻が痛い。
入ったらあまりおいしくなさそうなフードスタンドがあるのみ。

いちおうアリーナ席の人はそれなりの代金を払っているので、
そういったところも少しは気を使ってくれればいいのにと思いました。

そうだ、反省点は服装。
今度もしアイスショーを観に行くことがあれば少し厚着をしていきます!
30分の休憩で一旦出口近くに行って日向ぼっこしてました…。
[ 2017/05/20 22:11 ] Chiharuの興味 | トラックバック(-) | CM(0)

ディズニー・アート展 

今日は朝から気合を入れて9時半にお台場に着くように家を出ました。
日本科学未来館なんて、初めて行きました。
ディズニー・アート展です。
IMG_1971.jpg


ディズニーの手書きのストーリースケッチや背景画など
本当に見ていて心が躍るようでした。
残念ながら、デジタル画になってきたあたりからは、
徐々に味気なくなりました。

ちょうど明日実写版を観に行く予定の「美女と野獣」や「ライオンキング」あたりは
手書きとCGのバランスが良くて、CGに手伝ってもらっている感じがあるのですが、
「塔の上のラプンツェル」あたりからはもうデジタル画でCG三昧。

「ラプンツェル」は嫌いじゃないし、むしろ好きな方なのです。
特にあのボートの上でランタンに囲まれているシーンなんて
夢か幻かというぐらい美しい。
でも、原画を見に行った立場からすると、
デジタル画からはさほど「すごーい」という感動は得られませんでした。

物理を使った質感や重量、風を受けた時のパーティクルの動きなどは
さすが最先端技術を使ったアニメだなぁと思いましたが、
「バンビ」で雪の中からウサギが飛び出す様子だって十分よくできてる。

ディズニーのキャラクターは途中から相当変わりましたよね。
「美女と野獣」のベルや「アラジン」のジャスミンと比べると
ラプンツェルやアナ、エルサはやたら目が大きくて顔も丸い。
それがいい、という見方もあるし、私もそれはそれでかわいいと思う。
でも、「眠りの森の美女」のオーロラ姫もやっぱり美しいのです。
まぁ、時代は移り変わる。絵も移り変わる。

話が少しそれましたが、ディズニーの絵を支える人々の情熱は
すごく感じられましたし、感動のあまり案の定、アート展のショップで
散財してしまいました。
IMG_1975.jpg
これは今回展示されていたアートの数々を載せているブックですが、
裏表紙は2種類ありました。「リトル・マーメイド」と「美女と野獣」です。
私は今年、実写版が上映されるのを勝手に記念して「美女と野獣」を選びました。
IMG_1976.jpg
作品自体沢山あったからか、本の厚さは2.5cmとかなりのものです。
また、絵を描きたくなりました。
[ 2017/05/02 22:55 ] Chiharuの興味 | トラックバック(-) | CM(0)

ゴミ人間 

[ 2016/12/10 17:55 ] Chiharuの興味 | トラックバック(-) | CM(0)

本棚 


先日芸能人が集まっておすすめの小説について話していた番組で
「自分の本棚を見せるのは恥ずかしい」という件があった。
「自分の弱いところが丸見え」

たしかに。それだったんだと腑に落ちた。
友達に自分の本棚を見せるのはちょっと私も気が引ける。
自分の関心事がディスプレイされているからだ。
自己啓発本なんかは悩みを見られている気になるし、
小説でもきわどいものは「文学だから」と読んでいても
何か自分が欲求不満の女みたいに思われそうでイヤだ。

私の場合は洋書も読むけど、勉強のためにも読んでいて本を開くと赤線が多い。
なんだ、この人英語ができると言いながら、案外知らないことばっかじゃん。
そう思われると切ない。
というのも古い洋書を今私が開くと「こんなところに赤線を…」とびっくりすることがあるからだ。
そのぐらい今の自分から見て単語を知らなかった時期がある。
今も知らないことだらけではあるが。

自分がやってることがバレる。どうやらそれが本棚ってものらしい。

関心事は移り替わる。本棚の変遷。
うちは広くないので、小説をそんなにため込めない。
本を売るのはあまり楽しくないが、やむを得ない場合がある。
売ることになるから買わなくなっていたのだが、そうするとリバウンドが起きて
数日前に洋書3冊と日本語の小説2冊をAmazonで衝動買いした。
実はその数日前に3冊ほど本屋でも買ったのだ。
この時は衝動ではなく、「買いたい」と「もったいない」と「しまうところがない」の間を
さまよってさまよってさまよった挙句に「えい!」と買ったのだ。
一度タガが外れたら恐ろしい。Amazonでも買ってしまった。

本棚問題については本のサイズも非常に悩ましい。
文庫本だけならいいのだが、単行本を買ってしまったらおしまいだ。
そして、洋書は文庫本サイズの棚には入らないし、かなりサイズがマチマチだ。
稼働棚という手はあるが、あれも万能ではない。
Amazonから届いた洋書2冊は想定外に大きかった。
「やられた」と言いつつ、これがネットショッピングの弊害だと思う。

今ある小さなよろよろの本棚には、大きい洋書が横になって収まっている。
同じ目に遭わせたくないので、本棚を買おうと計画中だ。

家が狭いと本棚だけで1か所を占領できない。本も小物も全部しまえる棚がいい。
究極に気に入った本だけ残して、他は売ることを前提にしての選択。

今、無印のスタッキングシェルフに目をつけている。
あれなら大き目の洋書も縦に収まる。

ちなみに今回買いだめした本は以下の通りだ。
「ノスタルジー1972」重松清、中島京子、早見和真、朝倉かすみ、堂陽瞬一、皆川博子
「新参者」東野圭吾
「祈りの幕が下りる時」東野圭吾
「探偵ガリレオ」東野圭吾
「依頼人は死んだ」若竹七海
「古書店アゼリアの死体」若竹七海
『Me Before You』 Jojo Moyes
『Eleven Minutes』 Paulo Coelho
『A Dog’s Purpose』Bruce W. Cameron

1冊単行本が混ざっている。「ノスタルジー1972」。
これは冒険だった。タイトルと雰囲気だけで買った。
そして本棚的にも冒険だった。大きい。
『Eleven Minutes』以外の洋書2冊も予想外に大きかった。

これらが収まる本棚を買う。
東野圭吾あたりはとっておくほどでなければ売る。
本棚に残したい本については、また別の機会に書いてみたい。

とにかく家の中の整頓を済ませたい。
2016年ももうすぐ終わる。

[ 2016/12/06 20:09 ] Chiharuの興味 | トラックバック(-) | CM(0)