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名前を呼んでもらうこと 

今日、たった今テレビ東京で

「死を宣告された愛犬の奇跡」というのがやってる。

園児たちが毎日のように名前を呼んでくれたことで、

失明していたし死にそうだった犬が目も見えるようになり、

元気になったという話だ。

実は、私の大事に思っていたドーベルマンの新太郎も7歳で一度死にかけた。

医者に「あと2、3日の命」と言われ、母も父もうなだれてしまったが

私はあきらめなかった。

医者に言われたとおり、家で点滴を打ち、家で痛み止めの注射を愛犬に打った。

いろんな病院にも電話した。

する先する先「うちに来てもきっと無理だ」と断られた。

食事もしない、水も飲まない。もう無理なの?と思いながらも

私は自分にできることをひたすら続けた。

奇跡は起きた。

やはり生きてほしいという強い思い、名前を何度も呼ぶと犬に通じるのだ。

水をペロリと飲んだとき、母は「水を飲んだ飲んだ」と大騒ぎをしていた。

わずかな変化だったけれど生きる力が目に見えた瞬間だった。


たまに医者は「もう無理だ」「安楽死だ」とすぐ結論付ける。

彼らは彼らの経験や診断をもとに告げているのだろうけれど、

そこには生命の力というか、奇跡のパワーは計算されていない。

飼い主の愛、誰かにひたすら名前を呼ばれて必要とされていることを実感する

それが犬の生命力をよみがえらせる。

飼い主や医者が「もう駄目だ」と言ったときにはその可能性は消える。

たとえ結果的に犬が死んでしまったとしても名前を呼び、最後まであきらめないことは

やはり安楽死を選ぶよりいいのではないか、、、と私は思ったのだ。

自分の愛犬が死にかけたときに。

新太郎は7歳で死にかけたそのときから12歳まで生きた。

だから獣医に安楽死を言われても、飼い主さんには自分の感覚を信じてほしいと思う。

自分が「これはもう駄目だ」と思うなら仕方がない。

でも獣医の言葉にほんのわずかでも「同意できない」と思ったら、

その思いにしたがって最後まで看病してほしい。

もしかしたら、今日テレビで見た犬や、我が家の新太郎のように

どんなに状況が悪くて死にかけていて、もう駄目なんだじゃないかと思っても

持ち直してちゃんと生きてくれるかもしれないんだから。

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[ 2012/06/22 19:57 ] 愛犬りおとの日々 | トラックバック(-) | CM(0)

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