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気晴らしにクッキング教室 

家で仕事をするようになり、意識しないと人に会わない。
少しは外に出よう第一弾としてクッキング教室へ少し行くことにした。
少しである。コースで受ける経済的余裕は今はない。
いずれいくらでも受けられるぐらいになることを期待しつつ、今回は2回だけ。

まずはお試しで「ミートグラタンとパン」を作った。
すごくおいしかったので、2回だけ行ってみようと決めた。
お試しの時のはこちら↓
IMG_1188.jpg
ミートグラタンもパンも両方が最高でした。
また作りたいと思ったメニューです。
というわけで2回行こうと決めたうちの1回目はこちら↓
IMG_1211.jpg
5品なのですが、分かるでしょうか。中華です。
でも、肉まんは皮が途中で破けて汁が漏れました…。
油淋鶏のサラダ(左)が私は一番気に入りました。

次が最後だけど、何に参加しようかなっと。
[ 2017/11/29 19:58 ] つれづれ | トラックバック(-) | CM(0)

電車内で化粧をする女性について 

私は女だけど大反対なのが「電車で化粧する女性」。

先日、電車内で化粧する女性を擁護するのに「女性差別だ」とか言い出す変な論調の記事を見かけた。
「なんでもかんでも“女性差別”を出せばいいと思うな」と言いたい。

私は「みっともない」というだけでなく「迷惑」だから反対する。
本当に迷惑。

通勤電車で私の横に座る女性がファンデの粉を撒き散らす。
マスカラなんて、本人だけが失敗してる分には結構だが、
揺れがひどくて他の人のコートやスーツに付いたらどうするつもりか。

それなのに「女性の権利」をふりかざすのはお門違い。
小池都知事が希望の党の大敗を、ケネディ元駐日大使に向かって「ガラスの天井」を感じたと、
女性差別を引き合いに出した時ぐらいお門違いだ。

反対派が「みっともなさ」を感じるのも理解できる。
身だしなみは男女を問わず、家で整えて外に出るものだ。

私が読んで冗談じゃないと思った「電車内で化粧をする人を擁護する記事」では、
「会社には化粧をして行くのがマナーだから、時間のない朝に車内で化粧するのは仕方ない」というもの。

読んであきれた。

「会社の人に対して失礼」ならば、車内の乗客に対しても失礼なのだ。
「その日しか会わない人ばかりだから良い」わけではない。
そもそも車内の迷惑行為は、
「その日しか会わない奴らはどうでもいい」
という根性から発生していることが多い。そういう人が化粧して何になる?

「時間がない朝」は、早起きすることで解決できる。
出勤のために早く起きなければならないのは他の女性も同じだから、「起きられない」は理由にならない。
たとえば「生理」という本人に抗いようのない女性特有の体調の話とは全く違う。
それだって下手すると会社で理解してもらえず苦しんでいる女性はたくさんいるのに、
「起きられない」は、車内で化粧をする理由になりません。

起きられない理由を「病気で…」という人も中にはいるかもしれないが、
単に気合の問題という場合が大多数だと思う。

基本的にだらしない人が車内で他人の迷惑を考えず堂々と化粧をして、
自分の知ってる人たちの前でだけバッチリメイクをする。
悪いが、そういう女性は化粧してもきれいにはなっていない。
中身がだらしないからです。
例えば、これまで私に迷惑をかけた女性たちのメイク道具は本当に汚い。
顔をキレイにしたいなら、道具をキレイにしろ、と言いたくなる。

そういうわけで、「他人に迷惑じゃない」と思ったら大間違い。
実害がないものでさえ、マナーとされている。
「車内で携帯電話で話すな」というルールは、「声がうるさくて迷惑だから」という理由であり、
だから誰かがケガをするわけでも、服が汚れるわけでもない。
でも精神的に苦痛なのだ。

私も「化粧をする女性」の無神経さと、化粧の粉が飛んでくるかもしれない恐れと、
化粧道具の汚さを見て気分が悪く、非常に苦痛である。

海外では、国によっては「人前で化粧するのは娼婦の客引きのサイン」というのもよく聞く話で、
つまるところ、おすすめできる行為とは言い難い。

散々いろいろ思った挙句、私は人前で化粧をする女性を見ると、最終的には
「ああ、彼女たちは可哀想に、親からそういう教育を受けなかったんだ」と思う。
公の場で化粧しない女性も大勢いる(いや、ほとんどがそうだけど)わけだから、
彼女たちは「なぜ人前で化粧しない女性がたくさんいるのか」を少し考えてみたらいい。

なぜ批判の対象なのか、それは迷惑だから。
不快なだけではない。何度も言うように実害があるからです。

だから混んでいる車内に食べ物を持って入って来る奴も私は嫌いです。
ジュースがこぼれて、他人の靴や服を汚したらどうする!バカ者!
と言いたい。

車内は…まあ、難しいですね。
いろんな意見はあるでしょう。
でも、つまり以上のことから、私は反対なのです。
本当にこっちはヒヤヒヤする。やめてくれ。
[ 2017/11/29 19:19 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

脇腹(肋骨?)がヤバい 

ヤバいという言葉は好きじゃないが、敢えてヤバいと言おう。

肋骨にヒビが入っているかもしれない。折れてはいない。
数日前、四つん這いに近い状態で腹筋に力を入れたら
肋骨の一番下のあたりで「ボギ…」だか「ゴリ…」だか、
とにかく鈍い音が聞こえて、それからそのあたりを押すと痛い。

押さないで、普通に座っている時はそんなに痛まない。
寝た状態で起き上がろうと腹筋に力をいれると痛い。
鼻をかむ時も痛い。

捻挫 という言葉が頭に思い浮かび、ネットで「肋骨」「捻挫」でチェック。
どうやらそういうものがあるらしい。
この痛み方を考えると折れてはないので、ヒビか捻挫か。

きっと誰かに話せば、なぜ医者に行かないのだ?と言われるだろう。
確かに今日あたり痛くて医者にやはり行くべきかと思った。
なぜすぐに行かないか。それは、無駄なカネはないから。

無駄か?というツッコミもあるだろう。
無駄と思うには2つほど理由がある。

Episode 1
実は、何年も前に、母の肋骨にヒビが入り、病院に行って
胸のあたりにグルッとギプスのようなものでギプスよりは柔らかい、
つまりサポーターをして戻ってきた。
あれを見た時、「意味あるのか?」と思った。
人体の構造上、肋骨1本のヒビを支えるために、
ちょうど肺の周り全体を覆うようにグルッと巻くしかない。

母は笑う度に痛い痛いと涙を流していた。
つまり痛みは変わらず、ギプスみたいなものの役割もイマイチ不明で、
あとは自然に治るのを待つだけなのだ。
だったら、今の私の状態と変わらない。

Episode 2
中学時代に、恐らく足の指の骨が折れたはずだけど
親は病院に連れていってくれなかった。
インドネシアに居た頃のことだ。
多分、父親なんて私がそういう状態だったことすら知らないだろう。
朝早く仕事に行き、帰りは私たちが寝たあと、休みの日はゴルフ。
それが父親の生活だった。
母はというと…あの時どうだったのだろうか。
母と連絡が取れず、私は泣きながら知ってるおばさんの家に連絡した。
涙が止まらないほど痛かった。
原因は、ある店で高く積まれたデカい缶詰が落ちて来て
足の指に直撃したことだった。
とにかく、かなり痛いのに、なぜか日イ友好キャンプに行かされ、
痛すぎて途中で戻ってきたのを覚えている。

しかし、今思い返しても、あれほど痛かった経験は一度もない。
散々痛い思いはいろいろしてるのに、あの足の指の痛みがナンバー1だ。
どう考えても折れるかヒビは入っていた。
それなのに病院には行かなかった。自然に治したわけだ。
(うちの親、考えられない放置主義だよね。
まあ、そもそもあの当時インドネシアに信頼できる病院はなかったので
連れていかれてもどうだったか定かではないけど。)

以上の経験から、この肋骨の痛みも時間が治してくれるという
変に野生児のようなことを思う自分が出来上がった訳だ。
湯水のようにお金があるなら、病院に行くかもしれない。
念のため診てもらうという概念も一応持っている。
でも、母のサポーターや足の指の自然治癒を思うと、
医者に診てもらうのに払うお金はもったいない。
特にヤブ医者や薬ばっかり出す医者が多い昨今、
カネを払う意味はない、と思うのも仕方ないだろう(と自分を擁護)。

そうは言っても、ボギッとなった時より今の方が痛みが増しているので、
本当にヤバいと思ったら行くしかないかな…と思っている。

でも病院に行くより、欲しいコートの1枚も買った方が
自分のお見舞いになりそうで治りも早いのではないか。
考えどころだ。

[ 2017/11/21 18:05 ] つれづれ | トラックバック(-) | CM(0)

なんだか久々に料理をした 

ちょっと無料で参加できるというキャンペーンで
お料理教室の1回だけのお料理体験に参加。
IMG_1188.jpg
フォカッチャとミートグラタンなんですが、フォカッチャもちゃんと焼いて
グラタンだけどホワイトソースではなくマカロニもなく、ミートとジャガイモで
非常に美味しかったです。

なんかあと2回ぐらいはやりたいな、と思ったので、
入会して2回分の料金を払って帰りました。

ミートソースも美味だったけど、フォカッチャのイーストとローズマリーの匂いがとてもよく、
また焼きたいなーと思っています。
[ 2017/11/13 17:33 ] つれづれ | トラックバック(-) | CM(0)

友達が少ないから犯罪者? 

私が毎回、TVの報道で「やめてほしい」と思うのは
何かの犯罪で逮捕された人間について「友達があまりいなかった」とかいうことを
犯人の特徴のように紹介すること。

あれ、なんでしょうかね。
「友達が多い人に犯罪者はいない」みたいな感じに聞こえます。
それは違いますよね。
中にはこんな人↓もいます。
家族の中では好き放題に生きて家族に大迷惑をかけているくせに友達は多い。
(表の顔と裏の顔がえらく違うタイプ)

そもそも何をもって「友達」と言っているのか「友達」の定義があいまいで、非常に問題。

自慢じゃないけど、私は友達が少ないですよ。
上っ面の関係を好まない傾向があるのです。
つまり以下のような関係は私の中で「友達」ではありません。

1)本当は互いの不幸が面白いくせに表向きだけ仲良しのふりをしている
2)寂しいから一緒にいる
3)寂しいから(ネットで)つながってないと不安

こんな関係に時間を費やすよりは、1人の時間を有効に使おうよ。

無論、本当の友情を多くの人と築ける人も世の中にはいるかもしれませんね。
そういう人は「幸いなり」です。
そうできるに越したことはないでしょう。

ただ、私の場合は誰もが私を好きになるわけではないし、逆もまたしかり。
気が合う人がいる代わりに合わない人もいる。
別に自分の耳に痛いことを言う人を「排除」しているわけではありません。
人間として尊敬できない人とは距離を置くため、自然とそういう人たちからは遠ざかる。
自分なりの人間としての品性の基準は持っているから、品がないと思えば付き合わない。

例えば、「やっかみでイジワルする年上の男性/女性」とかイヤですね。

人を選んでいるようで偉そうに聞こえるかもしれないけど、
誰でも自然と人を選んでいる。無意識にでも選んでいます。

そんなわけで、友達は決して多くない。かなり少ない方です。
だから。

友達が少ないから人間としておかしい ⇒ 犯罪者

みたいな構図は気に入りません。

メディアが報じる「犯人の特徴」から「友達が少なかった」は削除して欲しい。
友達が多い犯罪者について「友達が多い人でした」とは報道しないでしょ?
「友達が少ない」だけ報道するってことは、
「友達が少ない」という特徴が「人間としておかしい」という偏見に基づいているからですよ。
バカげた偏見だし、変なステレオタイプですよ。英語で言うと Too old. です。

本当に、お願いしますよ、メディアの皆さん。

[ 2017/10/27 19:47 ] つれづれ | トラックバック(-) | CM(0)